2009年06月

自由を奴等に

大学の先輩(席次に「新郎後輩」って書いてあったからまあそういうことなんだろう)の披露宴?にお邪魔してきた。

正直、本当は披露宴にお邪魔させていただけるほど深いご縁とは言い難いのだけど、例のクイズシステムをご利用頂ける知人の方のイベントにはなるべく出席させていただいておりまして、今日もお言葉に甘えてお邪魔してきた。

しかし、あんまり詳細を聞いていなくて、パーティーだって聞いてたけど披露宴じゃんどう見ても!親族いるし!

まあそれよりなにより、ネットワークとかソフトウェアとかメディアとかインタラクションとかにそれ以上詳しい人が出席してる日本での結婚パーティーが想像し難いよーな、学部長とか学科長とか恩師とかお世話になった先生とかだらけの宴席でアレを使うのは気が引けるので、せめてそういう場だって先に言ってください。別にもう枯れてきてるのでトラブったりはしないと分かってるけど無意味に緊張します。さすがに。

日吉の協生館になんだかんだで初めて行ったんだけど、なかなか魅力的な施設で非常に羨ましい。似たようなことやりたいと思ったとして、資金と実行力があったとして、駅直結の立地があってこそだもんなあ、あれ。

よつばのフィギュアがテーブルに鎮座ましましている披露宴も十二分にオーバードーズ気味だったんだけど、二次会は大量のKMDの学生さん入り交じった教室でのパーティーで、結婚式の二次会という言葉から想像され得るものから数百万マイルぐらい離れたカオティックな宴となっておりまして大変興味深く、面白うございました。ありがとうございました。いいものを見せていただきました。

しっかし、考えてみりゃほんとに、あの大学院のやりたい領域って新郎のAB面合わせたもの向けだもんなあ。新郎ぴったりだよなー。

まあ、祝いの場だから、というのはあるにしても、なんだかんだでKMDが結構楽しそうに見えたので、羨ましくもなんとなく嬉しい。何がなくても、楽しそうなパーティーが開ける学生と教員がいるなら、学校としては全然アリなんだよなあ、と。奴等に適度な自由さえ与えれば、何かが生まれるんだろうと思えるもの。学生がいない不思議な大学機構に3年勤めた身として深くそう感じました。

WILLCOM never die

最近1年生が良くWillcomを持っているような気がするなー、と思って観察してみたのだが、結構な比率、感覚的には2割弱ぐらい、Willcomの Honey Bee か BAUM を持っているような気がする。とりあえず Honey Bee 液晶保護シートでもリンクしておくか。

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販売元:ミヤビックス
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たいがいはケータイと2台持ちで、メールはケータイでやってるように見える。どういう使い分けなんだろうな−。

端末としては, Honey Bee と Baum の可愛さとこじんまりとまとまった感が2台持ちにちょうどいいのかもしれない。

という話をW社方面に詳しい人(あいつだよあいつ)に話したところ、こんな傾向があるとか。

  • ケータイ代は親の支援を受けているので一般用
  • WILLCOMは自分の小遣いで出す
  • 新しくカレカノが出来ると、カレカノ専用ぐらいの位置づけで買う
  • たまに、カレカノいないくせに見栄でカレカノ専用持ち歩くヤツもいる

最後のは、どっちかっていうとカレカノが出来るの阻害してるような気がしてならないのだが、まあ何となく説得力のある物語ではあった。

新しくカレカノが出来たら持つってことは、別れたらそれ使うのやめたりするのであろうか。例の一青窈「女は上書き保存、男はフォルダ保存」理論に従えば、別れたら女子は端末ごと捨てちゃうけど、男は端末ごと取っておいたりするんでしょうか。

実態を自分とこの学生に聞きゃいいんですけどね。以上、種明かしされる前に伝聞情報と想像をまとめてみました。

麻生久美子新作

「インスタント沼」を見てきた。麻生久美子主演の映画ね。

感想:麻生久美子が可愛くて麻生久美子が素敵で麻生久美子が素晴らしくて麻生久美子がよかった。物語としてはそこそこ面白い、ぐらい?

まだDVDとか出てないからとりあえずQuickJapanでもはっとくか。

クイック・ジャパン83クイック・ジャパン83
著者:麻生 久美子
販売元:太田出版
発売日:2009-04-11
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正直2時間の映画としてはちょっと間延びしすぎな感じはした。テレビ的演出というか、個々の断片的なエピソードやネタ、表現なんかのインパクトがさすがに強い分、全体としてのある種の緊張感とか強度みたいなものの薄さが、よけいに目立っちゃう感じ。もうちょっと淡々とした作風だったら却って間が持ったかもしれないなあと思った。

麻生久美子、さすがにちょっと30代入った感じが強くはなってきましたが、でもそれもいい!麻生久美子は素晴らしい!

ズルムケなのも悪くない

なんか去年も着ていたんだけどメカ沢Tシャツが学生から学長室までなんだか好評。

何かとグチグチ言ってますが、基本的に私はこの数年楽しく生きている。

学生見ていると思うのだが、自分が依って立てるものが何なのかまだ確立できてない時期って、自分に対する抑制を無闇に感じてしまって、行動に対して良きにつけ悪きにつけリミッターをかけてしまうものなのかもしれない。しかも成熟社会である日本では、抑制要因を見つけるのがとても簡単。

それは一般論で言えば「こんなに勉強ばかりしているのはつまらない人間かもしれない」とか、「遊んでばかりいるのはどうかと思う」とか、「これを変えてしまえないのは何か理由があるはずだ」とかまあ、方向性はいろいろあるけど、どっぷり浸かる前に何か止めてしまうらしい。

さすがに最近自分が大人でないとはあまり思わないのですが、大人になって何が楽しいかと言えば、そういう不可解な自己抑制があまりなくなったことじゃないかと思う。

というか、抑制している余裕なんかない。わりとなんでも全力でかかってないと間に合わないし、チャンスを逃してしまうのがわかっているし、抑制の理由が大概実在しないものだったり、とりあえず自制するよりやってみて誰かが怒ってくれるならそれはそれでいいや、みたいな投げやりさだったり、そういう諸々の事をカラダで知っているからなんだと思う。だってなあ。

なんつか、オッサンのズルムケさってあるじゃん。それがじわじわ身についているのは、そんなに悪い気分ではない。人が死ななくて金が支出可能ですむ範囲なら、何やったって別にいいじゃん。

っていうか何かをやらないのが一番まずい。それがわかっているだけでも、生きてるのはそんなに悪くない、と思える生活を送れていて、それなりに幸せです。

ロジカルシンキングと同調圧力

大学一年生向けに基礎ゼミという授業を一クラス分担当しているのだが、これがまー、教える側のハードルが高い。資料は共通資料があるので、とりあえず授業はできるけど、どうにもうまく教えられている気がしない。というわけで今日からテーマはロジカルシンキングだったんだけど、教えるの難しいわ−。ロジカルシンキングって、正直自分でも得意ではないし。

基礎ゼミというのは要するに「ものの考え方」の訓練と実践をして、一定の成功感を得られればいい授業なんだと解釈してるんだけど、これが。

すごく見くびったいいかたをすれば、大学一年生のほとんどは「自分で自発的に物事を考えた」ことがないんだもの。

うちの大学は決して一流校ではないので、「成績がいい」タイプの子がいっぱいいる学校ではない。じゃあバカばっかかっていうとそんなことなくて、話してみると結構いい気づきをする学生や、頭いいなあと思う学生はいっぱいいる。学生に失礼な言い方をすれば、拾いモノの多い大学ではないかと思う。

ところが、そういう結構イケてる学生も含めて、課題をやらせてみるとなんでこうなんだろと思う事がある。(もちろん、いい課題を出してくる学生もいっぱいいる)。

課題の内容的な質がどうこうより、単純に条件を満たしていない場合が結構ある。課題の全体像や意図を読み取った上で、課題条件を「文字通り/リテラルに」読んで、ソツなく埋めることがあまり得意ではないのかもしれない。それじゃあいい成績は取れないよなあ。学校の成績は頭がいい悪いというよりは、ソツのなさが一番成因になるし。

なんというか、森と木を同時に見れない感じとでも言うか。森を見ろといえば森を見るし、木を見ろと言えば木が見れても、同時には見えないらしい。

また、自分で条件や内容を吟味しないで、「だいたいこういうことでしょ」という雰囲気だけ読み取ろうとする傾向が強い。悪い意味で空気を読めばOKだと思っている上に、実際には空気も読めてなかったりする。もちろん全体概要を把握するのは大事なんだけど、なんというか、中身を見ないで、空気・雰囲気だけで問題が解けると思ってしまっているのではないかと思う事がある。

正解がある問題を手順に従って解いたり、周辺状況になんとなく適応する訓練ばかり積んだ上に、それが得意ではないと思っているのかもしれない。

全体から感じられる、多くの場合圧倒的に足りないことは、「自分で自発的に物事を考えた」経験なのではないかというのが今のところの感想。自発的に物事を考えた経験が豊富であれば、課題や講義の内容を<自分で>吟味する事が可能だと思うんだけどね。

その経験を、いわゆる「勉めるを強いる」勉強ではない形で、かつ高等教育機関にできる経験の与え方はないのかというのを考えているんだけども、やっぱり教室の前に立つと、学生に「勉強しろ」と言うのが一番簡単で、どうしてもそういう物言いになってしまう事がある。勉強させた時点で自発的じゃないし。今日もまあ、それに近いような物言いで学生を叱ってしまった。叱ってる時点で、何か教育的誘導の失敗の累積があるわけで、自分がイヤになる。

同僚たちには、ほんといい先生が多くて(いや、ほんとに多いんだ嘉悦。イイ大学だよ今)。実に見事に、自発性を誘導できている事例が多く見られて、なんであれができるのか、ほんと不思議。

どうにもこうにも、私が学習するしかないわけではあります。どーしたもんかね。

なんかタイトルと書いた内容がズレてるような気がしてきたが、これはなんとなく私の中ではそういうテーマの一つでもあるんですよ。

ドイツでGoogleMailした時

という上海に行く前の二月末から三月は世界グルグルしていたわけですが、その折ドイツにトランジットで立ち寄った時の画面。

送信者 ドイツGoogleMail

ドイツはGmail商標的にアレなのか、Google Mail って表示されるようであった。

杭州にて

もうずいぶん経っちゃいましたが、GWに上海に行きまして。

上海は前回行ったのが十年近く前だったので、もうなんか当然ながら全然変わっており、東京に近い都市的利便性を持つ立派なモダンシティーになっておりました。

でまあ、上海ではすっかり油断して、気分的にはこう、なんかあれだ、香港とかシンガポールとかソウルとかにいるときのアウェイ感の薄さに油断していたんですが。

途中、2泊だけ杭州にいったんですよ。しかしその日が悪かったのか、向こうもちょうどメイデー入りの連休中。杭州は当然国内デスティネーションとしてもメジャーな観光地なので、なんかもう。なんかさあ、多分、昭和40年台の河口湖にGWにいってるような感じをさらにひどくさせたようなものだったんじゃないでしょうか。

まず駅についたとたん、タクシーが余裕で乗車拒否。メータータクシーなのに相場の3倍以上ふっかけられて、30元で乗れた。

Sofitel に泊まったんだけど、Sofitel のドアボーイさんがタクシー呼ぶの諦め気味な感じ。

翌日も連休中日のため、観光しようにも町中タクシーは全く拾えないし路線バスは超満員だし渋滞でどれも動かないし歩道も満員だし。おまけに途中からかなり雨降ってくるし。

まあ、写真で見るとすごくいいところのように見えるし、まあ、実際空いてりゃいいところなんだろうけど。なんとも。というわけでお寺の一枚。

送信者 2009/04-05 上海・杭州

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