タイトルはもちろん内田百里離愁譴らで、文中幾度か宮脇俊三への言及がある。私は内田百里麓造郎廼瓩泙覇匹鵑世海箸ない一方で、宮脇俊三は子供の頃の愛読書。でも最近読んでないからなあ。
正直この本は期待していたほどは面白くなくて、実は期待していたほどの面白くなさは、最近になって初めて読んだときの内田百里阿蕕いもしれない。
最早宮脇俊三は私の中で失われた故郷と化している可能性があるのだが、宮脇俊三の文からかつて思い描けたような景色が、残念だがこの本からはそれほど浮かんでこない感じがする。
この本はどちらかというと、鉄道に乗る自分について、が主なテーマで、それ自体は楽しいんだけどね。なんだろ。「鉄道文学」に何を期待してるんだろうかな私は。わからんけど。
2010年01月
片手間に読んでたので全部読むのに半年近く時間がかかってますが、新年一発目の出張に行く途中のTG641機内でやっと上下巻全部読み終わった。新書で上下分冊というやり過ぎ感を著者も反省していらっしゃるようなのだが、そりゃまあ、第一人者がこんだけ「大学が誕生するまで」について気になっている諸々を書いていたらこの分量にもなりますよねえ、という内容。
それにしても充実した内容で、およそ「大学というシステム」について一度でも興味を持ったことがあったら、非常に面白い本だし、読んでおくべき本ではないかと。取り扱っているのは大正末期ぐらいまでの、1930年体制前までの話だけれど、出てくる議論がいちいち、今も似たような議論していているよなー、という感覚に満ちあふれていてすごく興味深い。あとがきの次の言葉が、正に読後感とも一致しているのです。
「『不易流行』という言葉があるが、大学改革とそれがもたらす変化という「流行」を追っているうちに、「不易」の部分、つまり改革の対象とされている我が国の大学組織や、高等教育システムの基本的な構造は何か、あらためて気になり始めたのである。明治の初めから数えても、150年に満たない大学・高等教育の歴史である。きわめて現代的な改革問題の多くが、その短い歴史のなかにルーツを持っているのではないか。現代的と見える問題の多くが、実は歴史的な問題ではないのか。」
本文では、明治末期〜大正期の、<(旧)専門学校>の<(旧)大学>への変換に至るまでの諸々の議論が紹介されていて、例えば次に示すような様々な話題が出てくるわけだけども、これら全て個人的に自分が巻き込まれているシステムの問題としてとても現代的な問題であり続けてるわけですよ。
例えば、大学の社会的役割について、「ドイツ・ヨーロッパ・モデル」vs「アメリカ・アングロサクソン・モデル」のモデル的対立とか、面白いんだよねえ。SFCの修士あたりがいまいち研究についてはっきりしない感じとか。専門性って何、とか。うちの大学なんて経営経済学部単科で今年まで大学院もないんだし、なんで "University" なんだよ "College" じゃん、と思うといった話題は、ああ、この頃から続いているんだよなあ、とか。
はたまた、今で言うところの国立vs私立の関係や、大学間序列の発生について。特に私学関係者にとっては、実質的に裾野を支える形になる私立セクターの役割、一方で常時私立セクターにはリソースが足りないという歴史の繰り返しはあまりに構造が変わってないので興味深い。微妙な気持ちになりつつも塾員の端くれとしては、慶應・早稲田ってのはほんとたいしたもんだよな、とか。慶應・早稲田がなかったら国の形がずいぶん違ったように見える。
全入関係で言えば、厳しい入学試験で学力選抜が行われる事は、供給量が入学希望者より少ないから成立する話なんだよなーといった、時代時代における、大学入学希望者と供給量の関係。他にも、理系・文系の成立であるとか、大学における外国語の役割とか、大学関係教授会自治システムの成立であるとか、停年制成立前の老教授たちによって新陳代謝が起きない帝国大学、等々。
ことごとく、今自分が議論したり巻き込まれている、大学に纏わる諸問題の原点がこの本に出てくる感じすらある。
私はこの2年ほど、嘉悦大学でカトカン学長の手下として、こぢんまりとした大学ながらも学内的には結構アグレッシブだと自認している改革をお手伝いさせていただいている。いわゆる「全入時代」に、倍率1.x倍程度で、大学として成立するかなりギリギリの線で踏みとどまっている状態を、いかに充実させていくかを日夜考えているおります。そういう状況で大学の運営委員会や新しい大学院の設立準備会議の末席を汚してみていると、「システムとしての大学」、「どうして大学はそういうものだとされているのか」、にどうしても興味が沸くんですよね。
また、その前の職場であったところの慶應DMC機構は、学部や大学院と切り離された研究所というかなり特殊な組織で、というのも元々が国立大学の構造改革に伴う補助資金を私立大学にも拡大させたという資金を獲得して設立されたという由来などもあって、何かと改革を要求される時限立法の組織だったので、これまた「大学って何?」という疑問をずっと考えざるを得ない場所でした。また、そもそも出身学部・大学院が所謂大学改革の旗手であるところの慶應SFCで、学際的研究なんてことをずっと言われていたりもしておりまして。だいたいさかのぼったら父親が大学教員だしさ、子供の頃から大学の研究室や大学の学生さんたちと触れてたし。毎年元旦は父の研究室の新年会が家であったのよ。親戚の集いでは父親と叔父さんが文科省にグチ言っていたのよ。
だいたい今この飛行機乗ってるのも考えてみればベトナムの大学の充実の支援とやら、なんで、余計なお世話なような気もしつつ、日本だけじゃなくて世界的にみて「大学ってどういうもの?」ってどうしても考えちゃうんだよねえ。
そしてまあ、いつも「自分の研究」を二の次にしてしまう私、といった問題もありまして。
と、割と大学入学してからこの方ずっと、「大学とは一体何なのか」について、おそらく一般的な伝統ある大学機関の出身・関係者よりも、皮膚感覚として考える必然を、背負わされたというか背負っちゃったといいますか、そういう者として、大変興味深い書籍でありました。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
今年は鉄道旅行を元旦にしませんでした。
例によって夕方まで延々と大掃除して、大晦日の夕方に家を出て、戸隠へ。うずら屋にて年越し蕎麦を食べる。大変満足な年越し蕎麦となる。
いつも通り小屋に泊まらせて貰って、新年を迎える。
元旦は昼頃までダラダラして、戸隠スキー場でスキー。寒い!
大晦日から今年2番目の大雪だそうで、かなり新雪で楽しい。ただし大掃除で全般的に疲れ切っていたところに大変寒かったので体力が全然なく、足を取られまくって転びまくって板脱げること数回。
戸隠神社に初詣。おみくじをいただく。
昨日の晩から放っておいた車はだいぶ激しく雪に埋もれており、20-30cmぐらい上につもっていた。雪かきして、4駆の普段使わないモードを使い、パジェロイオ導入後十一年目にしてもっともパジェロイオらしい活躍をみせていただきまして満足です。
日が暮れてから温泉入って、帰宅。元旦も午後9時過ぎてから上信越道に乗ったので、行き同様ガラガラで、トラックはたまに宅急便があるぐらい。大変快適に走れた。チェーン規制かかってたけど。
日が変わってから帰宅。
というような年越しでございました。
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