昨日のコメントを読みつつ考える。

ake>「文字で説明すれば済むので分かりやすく語らなくてもよい」、というのはかなりの転倒ですね。

ake> スライドに頼った発表も同じものですが。

スライドに頼った発表、が文字での説明を口頭で読み上げるという形になりがちな意味で、文字的な展開の稚拙な再演としての発表、になるのに対して、TVのテロップってのは、映像的な展開の再演としての文字、になってるのかなあ?まあどっちにしろ何か転倒してるんだけど。

Kim, slash>笑いのツボとか発言のポイントとかをわざわざ説明しないといけない、ってのがこの議論の核心かなぁと俺は思ってます。本来は受け手側に委ねられてしかるべきそういうツボやらポイントやらを番組側が明示しちゃう凄さ、っていうか。

これってさあ、実はTV的なお笑いの楽しみ方っていう、それこそシャボン玉ホリデーとかぐらいから蓄積されてきた文法理解リテラシーの社会的蓄積を、TVお笑いのフォーマット自体がぶっ壊したってことなのだろうか。

TV的なものも含めたリテラシー能力が高い人がTV的なモノから離れていって、映像的、TV的な意味も含めて総合的な文法理解能力が低い層にすり依った結果、最後に頼ったのは文字で説明することでした、一応文字ならみんな読めるしね、的なフォールバックというか。そこで残るの文字なのか、ってのがやっぱ凄いと考えるべきなのか。もしかしたらあのテロップは誰にも届いていないのかもしれないけれども。