大学

会議ダンサー

この4月からなんだか偉そうな肩書きをいくつかもらってしまったので、やたら会議が多い。おまけに自分でも部内会議などやってしまうし。

しかし先日気づいてしまったのです。自分さえ喋らなければ会議が早く終わるということに!

今日など、運営委員会があったのだが、直前に割と急いで連絡しないといけない用事を思い出して、遅刻しますといい残して研究室戻って連絡とっていたのだが、これが思いの外手間取って30分ぐらいかかってしまった。

というわけで30分遅れて会議室に行ったら会議が終わっていた。いつも一時間半とかやってる会議なのに。

会議で踊ってるのは私一人ですかー!

ニコ動に公式チャンネルをつくりました

最近自分の事をあんまり書いておりませんが、うちの大学でニコ動に公式チャネルを作ったんで、ご興味あるかた、どうぞ。

http://www.nicovideo.jp/tag/kaetsutv

次回は加藤先生の気になる子ちゃんの予定です。(うそです)

理系・文系・(その他)

今の大学は所謂文系ですが、一応CSは理系の端くれであり、受けた学問の訓練はやっぱり理系のソレなのではあると思うのですが、とはいえやっぱり自分はそのどっちでもないんだなあと思う最近の生活です。

今同居人と話していて思い出したんだけど、僕が高校生の時に結構「コンピュータって面白いなー」って思ったきっかけの一つは、ASCIIかなんかに連載されてた、東京女子大学の黒崎政男さんの話だった事を思い出したんだよな。

哲学とか単語が重要な研究で、sedやgrepがいかに破壊的なテクノロジーか、っていうのを書いてあったと思うんだけど。確か連載がまとめてあったのはこの本だったと思う。

哲学者クロサキのMS‐DOSは思考の道具だ


この本、今にして思えば、検索エンジンが文化的に持つ意味とかを考えるのにすごくいい事がいっぱい書いてあって、ミッシングリンクを埋めるような意味があるような気がするんだけど、MS-DOSってタイトルが弱いよな...

そういえば、この本とか、伊藤ガビンさんのクマとか、SuperASCIIの村井さんのネットワークの話あたりが、実は今の私につながる原点なのかなあ、と思ったのでした。

kaetsu.tv

自分の勤務先を堂々とアピールしたいのかどうかよく分かりませんが、まあ隠してても仕方あるまいということで。

勤務先では同僚たちがこんなことをやっております。

http://kaetsu.tv/

カトカンにニコ動で突っ込めるよ! 以上!

飲酒可能年齢引き下げ運動

http://www.asahi.com/international/update/0821/TKY...

日本でもやろう日本でも。って誰に言えばいいんだろう。

大学教員に夏休みなどない。。。と思っていたんだが

まあ世間的には夏休みであり、気候はそんな感じである。

実家の近くには市営プールがあったので、このシーズンになると風向きによってはプールの歓声が聞こえてきたりしていたけど、都内中層の割合防音がしっかりした建物の一室に住んでいると、体が冷房病にむしばまれていく事を除くとそれほど季節感を感じない。

しかし私は大学教員に夏休みなんてのはないんじゃないかと信じておりました。夏休みと言えば学期中にやれない雑務。。。じゃなくて研究とかに打ち込める貴重な時間。。。

と思って毎年「今年の8月にはこれをやる」とか思ってるが、毎年8月になるとたいがい単に夏バテか冷房病かどっちで具合悪くなって、無茶苦茶稼働率が下がるのが恒例行事であり、今年もその例にもれない。具合悪い。

それでも会議があるだとかシス管仕事しなきゃだとかで出勤したりするわけで、するとまあ私はお盆の一斉休暇ぐらいしか「出勤しなくていい日」はないわけだが、そこに今年と来たらまるまるハノイ出張いれちゃってるからもうどうなってんだか。。。倒れちゃうぞ。

どうせ具合悪くなるなら最初から休んでおけという事のような気もしますが。

しかし出勤して人の少なさから見る限り、少なくとも私の大学には教員にもちゃんと夏休みが存在するのかもしれない。まあ文系なので、別に学校にいなくてもいい仕事を何かみなさんしているんだろうけど(と信じたい)。

ああ暑くないところに行きたい。

チームリーダーとしての大学教員

http://www.actiblog.com/himori/60418

そうなんですよねー。企業から大学に引っ張られてきた方の結構多くが、大学ではあまりに何でも自分でやらないと言われるので困惑されるようです。

特に普通は企業で一定以上に責任ある立場にいた人であればあるほど、組織で働くために、「水や空気のように」チームメンバーと仕事をすることに慣れているので、その落差が激しいようです。

教育・研究・大学運営が教員の3大タスクですが、最初のはともかく〜教育だって今時一人でやらんがな〜、後ろ二つは当然ながら完全にチームワークでやるもんでしょう今時。

もちろん「一人で研究室にこもってなんかうんうん考えてる」時間も必要なんでしょうし俺に何がたりなってそういう地道な努力なんでしょうが、そういう時間を作り出すためには本当は益々チームで仕事をする必要がある。

正直私、この春学期久しぶりにいっぱいいっぱいで、うなされながら秘書をクレと思ってたりしましたが、正規では学部長にでもならん限り秘書なんてつかないしね。

研究プロジェクトを取ってこれればプロジェクト担当事務の方をお願いすることも予算的に可能だと思うけど、教育はどんなにがんばっても秘書は普通つかないし。

大学運営タスクはどれだけ職員の方に協力してもらえるかにかかってるけど、通常の指揮命令系統で上司になれるケースは希なので、なかなか「部下が欲しい」っていうイメージの要求には応えられないケースが多い。

うちみたいな研究の弱い大学というのは、実はそんなこんなで、教育も運営もやらないといけない教員のタスクは積まれていって、研究費がますます取れなくなり、ますます孤軍奮闘、みたいな状況になりがちですね。

大学教員のイメージって、日本では未だに「一人で研究室にこもってなんかうんうん考えて、論文とか書いてる」イメージかもしれません。(違う?)

しかし、研究者として成果を上げるのは、大学院生とか助教ぐらいまでの間にやっておかないと、偉くなれば偉くなるほど、「現場」と関係ない仕事が増えていくのは、一般企業なんかと同じか、ある意味もっとタチ悪い。

大学教員といえども、ある程度偉くなったら、実際に社会から要求される能力って、プロマネ的な職能である事が多い。しかも、教員とか職員とか大学院生とか大学生とか外部研究協力者とか、正規軍じゃなくて不良外人込みの混成部隊を率いて、外交交渉してこいと言われているようなものなので、普通のプロマネ(スケジュール線表引いたらそれを守れって命令できるような立場の)とはまた違う、寝技のようなプロマネ能力が要求されるケースも多い。

そういう社会的要請に応えられている大学教員ってのはなかなかいないのが実態でしょう。結果としてどうなるかというと、大学教員って不良在庫率高いんだよね。

あまり結論はありませんが、思ったまま、つれづれなるままに書いてみました。

心の旅

Eat your own dog food, というわけで授業で取り扱ってみた者の個人的にはいまいち消化不良だった偏愛マップとマインドマップについて考えて見るべく、テスト中。どういうものなのかは下記URL参照。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070625/275770/

というわけで、羽田で次の本を買ってきて飛行機で読んでみた。

ザ・マインドマップ


なんかさー、面白いしいいことがかいてあると思うんですよ、もしこういう考えに触れたことがなければすごく実用的だと思うし、目的に向けて良くかかれていると思う。

でもなんか、もんのすごく自己啓発書っぽいんですよね。それも現世利益型の、会社研修とかで使うタイプの自己啓発。そこのテイストの部分でなんかシンプルに読めないんだねー。何ページがにいっかい引っかかっちゃう感じ。

「このように芸術的なマインドマップになるのです」とかさー、はーそうですかー、って感じなんだよなー。

なんかもっと素直に、「絵を積極的にガンガン使って、色や線で表情豊かにノートを取るとすっげー分かりやすいよ!楽しくね!?」っていうようなノリで十分なんじゃないかと思うんだけど、ねえ。

まあしかししんぷるに、この手の「ポジティブ」に覆われた文章を読むのが苦手という私の問題かもしれん。ま、ダイヤモンド社だしな。

で、そのあと、FreeMind 使って今やってる仕事整理してみるんだが、なんというかこれがあんまり楽しくならないってのはやっぱ仕事に活力がないんだろうなー、とか思った。現状の認識には役に立つわな。

人は見た目が100%でありモテたくて惚れたいのである

http://d.hatena.ne.jp/mamiamamiya/20080717

また雨宮blogに素敵な事が書いてあったのでそれについて思うことなど。

以前も何かにつけ書いた事があるような気がするが、私の信条として

「人は見た目が100%」

というのがあり、なんとかそれを教員として学生にうまく伝える事ができないかと思うことがあります。いやおまえそのツラでそのちょいメタボで言ってんだと思われますので具体的な方策は考えてないんですが。

まあそれにしてもさ。「人間は内面」とか言ったってさ、外見以外の何から内面知れっていうんだよと。そんでもってまた、外見「だけ」取り繕っても内面というか外見とセルフアイデンティティとの間にある程度バランスが確立されてないと、間抜けなだけですよねと。まあ間抜けなのも可愛いって考え方もあるが。

ヤンキーテイストは個人的には嫌いだが、ああいう外見をするのはそれはそれで内面を伝えるためのメッセージを採用しているわけで、他者の視線に対する鋭敏さという意味では真っ当な態度であって、問題は誰にどう見られたいのかっていうあたりの感覚のところであろう。(潜在的なモノを含む)仲間内以外からどう見られたいんだよあんた、的な問題。

まるで外見に気を遣っていないんですよー、というような「げんしけん」の斑目が咲ちゃんに言われる前の状況のようなオタク的な外見というのも、「秋葉系」という言葉ができちゃったりカテゴライズされたりすることから分かるように、外見に気を遣わないというのも含めて内面をメッセージ化してしまうわけですよね。それで買ったジャケットがアキバ専用服になるのが可愛いんだけどあれは。>斑目

というようなのは、長年たぶんお洒落だと思って人生生きている姉に思春期にかなり指導されつつ、鉄道研究部とかオタワールドにきっちり遣っていたあたりから今現在に至るまでのマイライフの反映であるわけで。

モテたくて(by 天久聖一)の意味をすごく広く取ることで、「他者からの視線によってのみ社会的存在としての自己は構成される」というテーゼを割とシンプルに伝えられると思っているのですが、「モテたくて」を読んでそれを考えろと言っても無理な気はするのだが。

モテたくて…


「モテたくて」が重要なのは、最後の方が「惚れたくて」になるっていう事でもある。単にホメ殺しじゃねえかという話はあるが、「モテたくて」=他者からの視線に対して真摯に対応する、なのだとしたら、「惚れたくて」=他者の外見的メッセージに対して徹底的にポジティブな読解を、誤読であろうが何であろうがやる、というかなりアグレッシブな態度表明を行っている事ではないかと思う。

「好みのタイプ」を探しているよりは、「相手の中で自分が好みなところ」を探した方が幸せになれるような気がするじゃないですか。

というようなあたりは生きる上で重要な態度だと思うんだけどな、と良く思うのでできればうまく後輩たちに伝えたいモノだなと思うんだけど、上下関係が存在する場所で言うにはなかなか Politically Incorrect な表現になってしまいがちなので、難しい。

で冒頭に戻って雨宮blogだけど、すごくいいなと思ったのが「この人の書いていることは、必ずしもモテや恋愛のことじゃなく、鬱病だらけの世の中をサヴァイブする知恵、みたいなことなんじゃないかと思う。」っていう一文。

僕は女子じゃないし、そもそも蝶々さんの本読んでないから僕自身が直接どう感じるかは分からないんで、女子学生に勧めるかっていわれたあまりにキモすぎるのでしませんけど、例えばむしろ10代男子は読むとすごい勉強になることが書いてありそうな気がするんだよな。

もちろん自分の関わった人が中身のない人には成って欲しくないけれど、「人は内面」だなんて無責任な事を僕は言いたくないし、外見だけに振り回されるのも内面しか考えないのも鬱への道に一直線って感じでお勧めできないと思いました。

それこそ「死ぬほど」外見は重要なんだけど、その重要さってのはそんなに悪い事じゃない、僕たちが社会性を持っているっていうのはそういうことなんだよ、っていう事が伝えられるといいな、と思いました。

この手のメッセージを書いている時の雨宮まみblogは本当に素敵だと思いました。

春学期終了

めでたく春学期担当分終了。オツカレサマでした。

正確にはもちろん成績付けやレポートチェックなどあるので、終わってないのだが毎週否応なくやってくる授業時間は終了。やれやれ。

よく考えたら非常勤は何校かやったことがあるものの、常勤でコース設計まで含めて考えたのは初めてだったので、自分で思っていた以上に真剣に考えて授業を考えていたような気がする。なんか金曜日授業終わったらどっと疲れていて、合流するといった宴会に行く気力も沸かずに研究室で寝てしまっていた。

正直どの課目も、やりたいと思っていた授業濃度の半分ぐらいしかできていないんだが、まあそれなりにやり方を考えさせられたので、トータルで見ると悪くはなかった。各授業とも数人は楽しんでいた学生もいたようだし。

課題は、「講義」と「訓練」と「発展的自習」をどう組み合わせるか、だなあ。